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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)19号 判決 1998年3月17日

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

原告

キャノン株式会社

同代表者代表取締役

御手洗冨士夫

同訴訟代理人弁護士

中島和雄

同弁理士

渡辺敬介

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

鈴木伸夫

堀川一郎

及川泰嘉

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第18225号事件について平成8年10月30日にした『平成6年12月19日付けの手続補正を却下する。』との決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年12月20日、名称を「カラー液晶表示装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和59年特許願第267303号)をしたが、平成5年7月21日拒絶査定を受けたので、同年9月24日審判を請求し(平成5年審判第18225号)、平成6年12月19日付けで手続補正書を提出して明細書の全文を補正すると共に図面も補正した(以下「本件補正」という。)。本願は平成7年5月31日に出願公告(平成7年出願公告第50381号)されたが、特許異議の申立があり、平成8年10月30日、「平成6年12月19日付けの手続補正を却下する。」との決定があり、その謄本は平成9年1月8日原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

(1)  当初明細書記載の特許請求の範囲

駆動用スイッチング素子として、薄膜トランジスタをマトリクス状に配列したアレイを設けた第一の基板と、該第一基板の各画素に対応した位置にカラーフィルターを設けた第二の基板の間に液晶を挟持して成るカラー液晶表示装置において、トランジスタ部分に、光導電性を有する半導体を用いる場合、該半導体保護用の遮光層を、カラーフィルター側の第二の基板に設けたことを特徴とするカラー液晶表示装置。

(2)  本件補正明細書記載の特許請求の範囲

ゲート電極、ソース電極及び一画素に対応したドレイン電極を備えたマトリクス状配置の薄膜トランジスタを設けてなる第一の基板と、該第一の基板に対して間隔をおいて配置され、該ドレイン電極に対向する透明電極及び一画素毎のカラーフィルターを設けてなる第二の基板と、該第一の基板と第二の基板との間隔に配置した液晶とを有するカラー液晶表示装置において、前記ゲート電極から延長したゲート線、前記ソース電極から延長したソース線及び前記薄膜トランジスタを覆い、開口部となる箇所が一画素の駆動部を構成するように、パターニング形成した金属遮光層を前記第二の基板に設け、該金属遮光層の上に縁どるように及び該開口部の上にカラーフィルターを設けてなることを特微とするカラー液晶表示装置。

3  決定の理由の要点

(1)  願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)及び図面(以下「当初図面」という。当初図面は別紙図面1参照)には、先行技術を第2図を参照して「第2図の断面概略図に示したように、TFTアレイを覆っている絶縁及び配向層6の上に、更に半導体層3に対応する位置に遮光層12及び12’が形成され、できるだけ光をあてない様にしてスイッチング特性の安定化をはかる事が行なわれてきた。」(当初明細書2頁7行~12行)ことを説明し、その問題点として「この絶縁及び配向層6はTFTに対して安定な保護層として機能し、かつ一般に金属で形成される遮光層12とソース・ドレイン電極との間の絶縁層として約1μmの膜厚を形成する事が要求され、さらに配向層としての機能も要求されるため、しばしば絶縁及び配向層6が異なる二層以上の絶縁膜を用いた複雑な構成をとり、TFT全体も膜厚化するという欠点があった。」(同2頁14行~同3頁1行)ことを挙げ、その解決手段として「本発明は、・・・遮光層を、TFTアレイ側でなく、カラーフィルター側に設け、それによりTFTアレイ側の絶縁及び配向層6の機能が、TFT保護層かつ配向層としての機能に限定される為、絶縁層を2層以下の薄膜とする事によって、素子の薄膜化かつ構成の簡素化を計る事を目的としている。」こと(同3頁2行~10行)を説明し、その具体的構成の一例として当初図面第1図を参照して「第2図のTFTアレイ側に設けられてた遮光層はなくなり、カラーフィルター側のTFTに対応する位置に13、13’の遮光層が設けられている。これにより、・・・カラーフィルター9、10、11側からの光照射に対しては13、13’の遮光層により遮光がほどこされる。」こと(同4頁3行~9行)、他の実施例を第3図を参照して「第3図は遮光層13をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分を覆って、カラーフィルターを縁取ったものである。」こと(同4頁12行~15行)、及び該構成による効果として「本発明によれば、表示特性をそこなう事なくTFTアレイ作製工程が短縮でき、TFTアレイ自体の薄膜化が達成される。」こと、「遮光層とソース・ドレイン電極との間でのショート等の不良がなくなったため、大幅に歩留りが向上する。」こと、「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」こと(同6頁4行~13行)が記載されている。

(2)<1>  これに対して、本件手続補正書において、当初図面1を参考例4とすると共に新たに遮光層13、13’の上に縁どるようにフィルター層を設けた第1図(別紙図面2参照)を追加し、明細書の補正(特許請求の範囲7行~9行、詳細な説明2頁22行~25行)において「開口部となる箇所が一画素の駆動部を構成するように、パターニング形成した金属遮光層を前記第二の基板に設け」と金属遮光層に形成された開口部が一画素、すなわち表示領域、であることを明確にすると共に「該金属遮光層の上に縁どるように及び開口部の上にカラーフィルターを設けてなる」とフィルター層が金属遮光層の縁部において重なるように縁どる構成に補正しているけれども、

<2>  当初明細書の4頁11行~15行の記載からは、遮光層をひろげて設ける表示領域以外の部分とは、TFTアレイのソース線、ゲート線上に対応する位置であり、

<3>  この記載は、当初図面1に記載のTFTに対応する位置にのみ遮光層を設けた構成を変形したものと理解され、カラーフィルターを録どるとは、第1図の構成、すなわち遮光層がTFTに対応する部分にのみ設けた構成、とは異なり

<4>  フィルターを遮光層が取り囲む構成に設けられていることを意味すると解されるだけで、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設けることまでの意味とは解することはできない。

<5>  また、当初明細書「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」の効果の記載は、前記当初明細書の4頁11行~15行の記載の構成に基づくものと解され、この記載からも前記補正書による、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成までも意味するものとは認められない。(カラーフィルターを遮光層が縁どる構成は、カラーフィルター間、すなわちカラーフィルターの境界部分に遮光層が設けられた構成に相当し、これにより光の回り込みが遮断されることは、特開昭57-190923号公報においてカラーフィルターの境界部今に黒色枠があれば光の回り込みがないことと基本的には違いがない。)

(3)  したがって、前記補正は、当初明細書及び当初図面の要旨を変更するものであるから、特許法第159条第1項において同法第121条第1項の審判に準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものと認める。

4  決定を取り消すべき事由

決定の理由の要点(1)は認める。同(2)<1>、<3>は認める。同(2)<2>、<4>、<5>は争う。同(3)は争う。

本件補正は、当初明細書及び当初図面の要旨を変更するものであるとした決定の認定、判断は、以下のとおり誤りである。

(1)<1>  本願の当初明細書(甲第2号証)には、「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」(6頁10行ないし13行。以下「第1記載」という。)と記載されている。

第1記載は当初明細書の[発明の効果]の項中に記載されてはいるが、第1記載前段の「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、」との記載は明らかに構成を開示する記載である。そして、上記記載において、カラーフィルター側の遮光膜を拡張することで緑どる対象がフィルターであることは明白であり、しかも遮光膜を拡張して縁どる位置がフィルターの表示領域以外の部分までであることも明白である。換言すれば、第1記載前段は、カラーフィルター側の遮光膜をフィルターの一部であるフィルターの表示領域以外の部分に重なる位置まで拡張することでフィルターを縁どることを明瞭に示しているものである。

したがって、「この記載からも前記補正書による、カラーフィルターを遮光層の緑の上に重なる様に設ける構成までも意味するものとは認められない。」(甲第1号証6頁2行ないし5行)とした決定の認定は誤りである。

<2>  当初明細書(甲第2号証)には、「第3図は、本発明の一実施例を示す図である。第3図は遮光層13をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分を覆って、カラーフィルターを縁取ったものである。」(4頁11ないし15行。以下「第2記載」という。)と記載されている。

決定は、第2記載について、「フィルターを遮光層が取り囲む構成に設けられていることを意味すると解されるだけで、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設けることまでの意味とは解することはできない。」(甲第1号証5頁12行ないし16行)と認定しているが誤りである。

すなわち、第1記載後段の「遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」という効果は明らかに第2記載に基づく効果であり、第1記載前段の「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、」が第2記載と同じ構成を説明したものであることも明らかである。つまり、第1記載と第2記載とは一対をなす記載であり、両記載の整合性を考慮してその記載内容が認定されるべきもので、第1記載からは「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」が明瞭に読みとれるのであるから、決定の上記認定は誤りである。

また、決定は、第2記載について、「遮光層をひろげて設ける表示領域以外の部分とは、TFTアレイのソース線、ゲート線上に対応する位置であり、」(甲第1号証5頁6行ないし8行)とし、第2記載における「表示領域以外の部分」を「ソース線、ゲート線上に対応する位置」の意味に限定的に解釈しているが、当初明細書にはこの限定解釈を示唆する記載はなく、誤りである。

第一の基板に設けられるドレイン電極は、相隣接するドレイン電極間に隙間をあけて配置され、ソース線及びゲート線はこのドレイン電極間の隙間内に配置されている(当初図面第3図)。第2記載における「表示領域以外の部分」を決定認定のとおり「ソース線、ゲート線上に対応する位置」の意味であるとすると、遮光層はソース線、ゲート線上に対応する位置にしか設けられていないことになり、遮光層と各ドレイン電極との間には隙間が残され、この隙間からの光の回り込みを防止し得ないことになる。すなわち、第2記載と一対をなす第1記載後段の「遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」という効果が得られないものとなり、構成と効果間の技術的整合性が失われてしまう。

したがって、決定の上記認定は誤りであり、第2記載の後段は、フィルターの表示領域以外の部分に重なる位置まで遮光層で覆ってフィルターを縁どることを示すものであることは明らかである。

(2)  当初明細書(甲第2号証)には、「EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積して第3図に示したような遮光層13をパターンニングした上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板」(5頁1行ないし4行。以下「第3記載」という。)と記載されている。この記載によれば、遮光層をパターンニングした上に、カラーフィルターを形成したこと、すなわち、パターンニングした後の遮光層の上に重なりを持ってカラーフィルターを形成したことが文理上明らかで、「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」を方法的に示していることは明らかである。

したがって、この第3記載を全く看過した決定の認定は誤りである。

被告は、カラーフィルターと遮光層との位置関係及び基板Sと基板S’との位置関係を明示していない出願当初の明細書及び図面全体から判断すると、第3記載は作製手順を示す程度のものであると主張する。

しかしながら、第3記載は、甲第5号証に示されるとおり実質的に遮光層自体を説明するものであって、単に作製手順を示すものではない。また、第3記載にその前後の記載を併せた記載全体からすれば、第3記載が、カラー液晶表示セルの構成部材であるTFTアレイ側基板とカラーフィルター側基板のうちのカラーフィルター側基板を説明したものであることは明らかである。

また、被告は、第3記載中の「上」の意味は「さらに、加えて」という意味もあることから、第3記載全体としては「遮光層をパターンニングしてから、カラーフィルターを形成する」と解するのが文理上自然であるとしているが、これは却ってきわめて不自然な読み方というべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)<1>  一般には、「縁取り」の意味を、必ず「縁の上に重なるように設ける」ことと解すべき理由はなく、当初明細書または図面によれば、遮光膜及びフィルターに関連する実施例として、当初図面第1図にはTFTに対応する位置にのみ遮光層を設け、遮光膜とフィルターとを重なるところなく隣接して設ける構成が示されているが、この例によれば、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なるように設けることまで開示されているとはいえない。

また、本願図面第3図が斜視図であり、二つの部材の上下の位置関係を示すのには適切でないことから、第2記載における「フィルターを縁取ったものである」の意味は、「フィルターを遮光層が取り囲む構成」の意味と解しえても、「フィルターを遮光層の縁の上に重ねる構成」のことまで意味すると解することはできない。

そもそも本願発明は、〔発明が解決しようとする問題点〕の欄に「本発明は、・・・遮光層を、TFTアレイ側でなく、カラーフィルター側に設け、それによりTFTアレイ側の絶縁及び配向層6の機能が、TFTの保護層かつ配向層としての機能に限定される為、絶縁層を2層以下の薄膜とする事によって、素子の薄膜化かつ構成の簡素化を計る事を目的としている。」(当初明細書3頁2行ないし10行)と記載されているように、遮光層の位置を従来のTFTアレイ側からカラーフィルター側に設けるようにしたものであって、〔問題点を解決するための手段〕及び〔作用〕の欄に「第2図のTFTアレイ側に設けられた遮光層はなくなり、カラーフィルター側のTFTに対応する位置に13、13’の遮光層が設けられている。これにより、基板S側からの光照射に対しては、ゲート電極1、カラーフィルター9、10、11側からの光照射に対しては13、13’の遮光層により遮光がほどこされる。」(同4頁3行ないし9行)と実施例が構成され、「遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」(同6頁12行、13行)という効果を奏するものである。

この当初明細書及び図面の記載に基づけば、原告が主張するような「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なるように設ける構成」は、当初明細書及び図面には開示されておらず、また示唆するものと解釈できるような記載は見当たらない。

さらに、「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して」との記載と「フィルターを表示領域以外の部分まで縁どる」という記載は、カラーフィルターと遮光膜の相互の関係を全く明示しておらず、この記載から補正後の第1図を想定することはできない。

したがって、「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成までも意味するものとは認められない」とした決定の認定に誤りはない。

<2>  原告は、第2記載から決定の誤りを主張しているが、上記のとおり実施例の説明は明瞭であるから、「表示領域以外の部分」の意味を「ソース線、ゲート線上に対応する位置」とした決定の認定に誤りはない。

また、原告は、ソース線及びゲート線と、各ドレイン電極との間の隙間のことに言及し、決定の誤りを主張しているが、もともと当初明細書及び図面には基板Sと基板S’の位置関係を正確に示すような開示はない。

(2)  カラーフィルターと遮光層との位置関係及び基板Sと基板S’との位置関係を明示していない当初明細書及び図面全体から判断すると、第3記載が作製工程の記述でなく、作製の手順を示す程度のものであり、この第3記載中の「上」の意味は「さらに、加えて」という意味もあることから、第3記載全体としては「遮光層に重ねてカラーフィルターを設ける構成」を示しておらず、「遮光層をパターンニングしてから、カラーフィルターを形成する」と解するのが文理上自然である。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、及び、決定の理由の要点(1)(当初明細書及び図面の記載内容)、(2)<1>(本件補正の内容)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)<1>  当初明細書(甲第2号証)には、次の各事項が記載されていることが認められる(一部については当事者間に争いがない。)

「本発明はカラー液晶表示装置、特に各画素毎にスイッチングを行うための薄膜トランジスタ(以下TFTと略す)アレイを有するカラー液晶表示装置に関するものである。」(1頁16行ないし19行)

「TFTアレイを有するカラー液晶表示装置において光導電性を有する半導体が用いられる場合、・・・従来、第2図の断面概略図に示したように、TFTアレイを覆っている絶縁及び配向層6の上に、更に半導体層3に対応する位置に遮光層12及び12’が形成され、できるだけ光をあてない様にしてスイッチング特性の安定化をはかる事が行なわれてきた。」(2頁2行ないし12行)

「この絶縁及び配向層6はTFTに対して安定な保護層とし(て)機能し、かつ一般に金属で形成される遮光層12とソース・ドレイン電極との間の絶縁層として約1μmの膜厚を形成する事が要求され、さらに配向層としての機能も要求されるため、しばしば絶縁及び配向層6が異なる二層以上の絶縁膜を用いた複雑な構成をとり、TFT全体も膜厚化するという欠点があった。本発明は、上記従来技術の欠点に鑑みなされたもので、光導電性半導体を用いたTFTのスイッチング特性を安定化させる為の遮光層を、TFTアレイ側でなく、カラーフィルター側に設け、それによりTFTアレイ側の絶縁及び配向層6の機能が、TFT保護層かつ配向層としての機能に限定される為、絶縁層を2層以下の薄膜とする事によって、素子の薄膜化かつ構成の簡素化を計る事を目的としている。」(2頁14行ないし3頁10行)

「本発明の技術的手段を第1図とともに説明する。・・・上記構成においては、第2図のTFTアレイ側に設けられてた遮光層はなくなり、カラーフィルター側のTFTに対応する位置に13、13’の遮光層が設けられている。これにより、基板S側からの光照射に対しては、ゲート電極1、カラーフィルター9、10、11側からの光照射に対しては13、13’の遮光層により遮光がほどこされる。」(3頁12行ないし4頁9行)

「第3図は、本発明の一実施例を示す図である。第3図は遮光層13をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分を覆って、カラーフィルターを縁取ったものである。第3図に示した遮光層パターンによる表示パネルの、具体的な実施例を以下に説明する。半導体層3にアモルファス・シリコンを用いたTFTに、プラズマCVD法を用いて窒化シリコン膜(膜厚2000A)を保護膜として形成したTFTアレイ側基板と、EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積して第3図に示したような遮光層13をパターンニングした上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板とを用いてそれぞれに配向膜をつけてカラー液晶表示セルを作製し、」(4頁11行ないし5頁6行)

「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなるという効果が得られる。」(6頁10行ないし14行)

<2>  上記各記載と当初図面第1図ないし第3図(別紙図面1参照)によれば、当初明細書及び図面には、次の各事項が記載されているものと認められる。

イ.本願発明は、TFTのスイッチング特性を安定化させるための遮光層を、TFTアレイ側ではなく、カラーフィルター側に設けたものであり、本願発明の技術的手段(当初図面第1図)によれば、TFTアレイ側に設けられた遮光層はなくなり、カラーフィルター側のTFTに対応する位置に遮光層が設けられること、また、遮光層はカラーフィルターと接して(重なることなく)配置されていること

ロ.本願発明の一実施例(当初図面第3図)においては、遮光層13をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分も覆って、カラーフィルターを縁取ったものであること

ハ.上記実施例のカラー液晶表示セルの作製に際しては、EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積して第3図に示したような遮光層13をパターンニングした上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板を用いること

ニ.カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなるという効果が得られたこと

そして、上記認定したところによれば、当初明細書が開示する本願発明の具体例は、(a)カラーフィルター側のTFTに対応する位置に遮光層を設けたものと、(b)遮光層をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分も覆って、カラーフィルターを縁取ったものであると認められる(なお、第2記載のものが、当初図面第1図に記載のTFTに対応する位置にのみ遮光層を設けた構成を変形したものと理解され、カラーフィルターを縁どるとは、第1図の構成、すなわち遮光層がTFTに対応する部分にのみ設けた構成とは異なることは、当事者間に争いがない。)

(2)<1>  原告は、第1記載前段の「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どることによって、」との記載は、カラーフィルター側の遮光膜をフィルターの一部であるフィルターの表示領域以外の部分に重なる位置まで拡張することでフィルターを縁どることを明瞭に示しているとして、審決が、「この記載からも前記補正書による、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成までも意味するものとは認められない。」(甲第1号証6頁2行ないし5行)とした認定の誤りを主張する。

しかしながら、「縁どる」という用語が、一般的に、「縁の上に重なるように設ける」ことを意味するものとして用いられているとは認められない上、本願発明において、遮光層及びカラーフィルターは透明基板に支持されていて、遮光層とフィルターが重なる必然性はなく、第1記載前段の「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して、フィルターを表示領域以外の部分まで縁どる」という文言自体から、「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重ねるように設ける構成」が開示されているとは認められないこと、第1記載前段の上記構成の前提となる技術は当初図面第1図に記載されたものであるところ、同第1図において、遮光層はカラーフィルターと接して(重なることなく)配置されていることからすると、第1記載における遮光層は、当初図面第1図のようにカラーフィルターに接して配置され、さらにカラーフィルターを取り囲むように配置されているものと解するのが相当であって、第1記載前段が、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なるように設けることを開示しているとは認められず、原告の上記主張は採用できない。

<2>  原告は、第1記載と第2記載とは一対をなす記載であるところ、第1記載からは「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」を明瞭に読みとることができ、また、第2記載における「表示領域以外の部分」を決定認定のとおり「ソース線、ゲート線上に対応する位置」の意味であるとすると、第1記載後段の「遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」という効果が得られず、構成と効果間の技術的整合性が失われてしまうことになり、第2記載後段が、フィルターの表示領域以外の部分に重なる位置まで遮光層で覆ってフィルターを縁どることを示すことは明らかであるとして、審決が、第2記載について、「遮光層をひろげて設ける表示領域以外の部分とは、TFTアレイのソース線、ゲート線上に対応する位置であり」(甲第1号証5頁6行ないし8行)、「フィルターを遮光層が取り囲む構成に設けられていることを意味すると解されるだけで、カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設けることまでの意味とは解することはできない。」(同5頁12行ないし16行)とした認定の誤りを主張する。

第2記載における「遮光層13をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け」、「表示領域以外の部分も覆って、カラーフィルターを縁取った」は、第1記載における「カラーフィルター側の遮光膜を拡張して」、「フィルターを表示領域以外の部分まで縁どる」にそれぞれ対応するものと認められる。

しかしながら、第1記載が「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」を開示しているものと認められないことは上記<1>に認定、説示のとおりであり、また、第1記載後段の「遮光がより完全になり、カラー画像がくっきりと見易くなる」という効果は、当初図面第1図に記載された構成である「TFTに対応する位置に遮光層を設けたもの」より遮光が完全なものとなり、カラー画像がくっきりと見易くなるということを意味するにすぎないものと解されるから、原告の上記主張は採用できない。

仮に、遮光層をひろげて設ける表示領域以外の部分が、「TFTアレイのソース線、ゲート線上に対応する位置」よりも拡大されたものであるとしても、カラーフィルターと遮光層が重ならないで接しているだけの場合でも、遮光層の幅を調整し(当然これに応じてカラーフィルターの大きさを調整することになる)、より完全な遮光効果が得られることは明らかであるから、第2記載に「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」が開示されているとは認められない。

(3)<1>  原告は、第3記載によれば、遮光層をパターンニングした上に、カラーフィルターを形成したこと、すなわち、パターンニングした後の遮光層の上に重なりを持ってカラーフィルターを形成したことが文理上明らかで、「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」を方法的に示していることは明らかである旨主張する。

しかしながら、第3記載における「パターンニングした上に、・・・を形成した」との記載は、文理上、「パターンニングする」という行為と「形成する」という行為を順次行うことを示すものであるとも解釈できるのであって、遮光層とカラーフィルターが重なっているものと一義的に解釈することはできない。

そして、上記(1)に認定のとおり、当初明細書に記載された本願発明の具体例は、(a)カラーフィルター側のTFTに対応する位置に遮光層を設けたものと、(b)遮光層をTFTアレイ側のソース線、ゲート線上に対応する位置にもひろげて設け、表示領域以外の部分も覆って、カラーフィルターを縁取ったものであるところ、カラーフィルターと遮光層との位置関係は、(a)の場合は、カラーフィルターと遮光層とが重なることなく接して配置されているものであり(当初図面第1図)、(b)の場合についてみても、第1記載と第2記載に「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」が開示されていると認められないことは上記(2)に説示のとおりである。

上記の点をも踏まえて第3記載を検討すると、第3記載が、パターンニングした後の遮光層の上に重なりを持ってカラーフィルターを形成したことまでを開示しているとは認め難く、「遮光層13をパターンニングした後に、カラーフィルター9、10、11を形成した」ことを開示しているにすぎないものと解するのが相当であって、原告の上記主張は採用できない。

<2>  甲第5号証(東北大学大学院工学研究科電子工学専攻教授大見忠弘作成の鑑定書)には、第3記載の前段からは具体的な薄膜パターン形成方法を特定することができず、したがって、第3記載の前段は、遮光層13のパターンの形成に使用した薄膜パターン形成方法の説明ではなく、遮光層13が薄膜パターンの形成技術で形成されたものであることを表明すると共に、遮光層13のパターンを明らかにした説明したもの、すなわち、実質的に遮光層13自体を説明したものであって、「EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積してパターンニングした第3図に示したような遮光層13の上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板」と読み替えることができ、当初明細書及び図面には、「カラーフィルターを遮光層の上に重なるように設ける構成」が記載されていると鑑定する旨記載されていることが認められる。

しかしながら、第3記載前段の「EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積して第3図に示したような遮光層13をパターンニングした上に、」との記載が、具体的な薄膜パターンの形成方法の説明とはなっていないとしても、そのことから直ちに、第3記載の前段が実質的に遮光層自体を説明したものであるとして、「EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積してパターンニングした第3図に示したような遮光層13の上に、」と読み替える必然性はないものというべきである。すなわち、第3記載の前段が具体的な薄膜パターンの形成方法を示していないとしても、クロムの薄膜を遮光層13としてパターンニングすることは開示しているのであるから、第3記載を甲第5号証のように読み替えることなく、遮光層13を形成した後、カラーフィルター9、10、11を形成して成るカラーフィルター側基板を説明しているものと解釈して何ら不自然ではない。

また、当初明細書のその余の記載において、遮光層の上に重ねてカラーフィルターを設けることを開示ないし示唆している箇所はないことをも考慮すると、第3記載の前段を、「遮光層13の上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板」と読み替え、「カラーフィルターを遮光層の上に重なるように設ける構成」が記載されていると解釈する理由はないといわざるを得ない。

したがって、甲第5号証の上記鑑定内容は採用できない。

また、甲第7号証(本件特許出願に基づく優先権を主張して出願された米国特許出願の明細書)には、本願明細書中の「EB蒸着法を用いて1000Aのクロムを堆積して第3図に示したような遮光層13をパターンニングした上に、カラーフィルター9、10、11を形成したカラーフィルター側基板」に対応する英訳文として、「another substrate on the color filter side having color filters 9,10 and 11 formed on the light intercepting layer 13 subjected to patterning as shown in fig.3 by deposition of chromium of 1000A thick by the EB vapor deposition method」と記載されていることが認められ、これによれば、翻訳者は、第3記載につき「パターンニングした遮光層の上に、カラーフィルターを形成した」との意味に理解して翻訳したものであることが認められる。

しかし、上記英訳文は翻訳者の解釈によることを示すものであるにすぎず、補正が当初明細書の要旨を変更するものであるか否かの判断は、補正による特許請求の範囲に記載された技術的事項の変更が当初明細書に記載された事項の範囲内にあるかどうかにより決すべきことであって、甲第7号証に上記のような記載があるからといって、当初明細書にも甲第7号証と同内容の事項が記載されていると解釈しなければならないというものではなく、当初明細書に「カラーフィルターを遮光層の縁の上に重なる様に設ける構成」が開示ないし示唆されていると認めることはできない。

(4)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

1、1’:ゲート電極

2、2’:絶縁層

3、3’:半導体層

4、4’:ソース電極

5、5’:ドレイン電極

6:絶縁及び配向層

7:液晶

8:透明電極

9、10、11:カラーフィルター

S、S’:透明基板

13、13’:遮光層

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